日本で初めてテレビでカラー衛星放送が始まったその日、最初に目に飛び込んで来たのがアメリカのダラス市におけるプレジデント・ジョン・フィッジェラルド・ケネディー(President John Fitzgerald Kenedy:ケネディ大統領:略称 JFK)のアサシネイション(assassination:暗殺)でした、後日厚木基地の管制官として働いていたリー・ハーベイ・オズワルトが犯人だとか言われましたが、暗殺事件は書類の現在までに95%が公開されたのに5%は未公開です。

95 %が意味する結果はアメリカ軍の最上位組織のジー・エッチ・キュー(GHQ: General Head Quarters:統合参謀本部 司令官は必ず陸軍大将<但し世界大戦中は元帥>)ですが5%が非公開では確証は掴めません。プレジデント・ケネディーはユニバーシティ・ハーバード(University Harverd:ハーバード大学)をブービー(booby:下から2番目)でグラジュエイト(Graduate:卒業後)はワールドウォー・トゥ(第二次世界大戦)ネイビー(NAVY:海軍)にコンスクリプション(conscription:徴兵)されパトロール・トゥペイド(Patrol Topeado:略称PTボート:魚雷艇)109のルテナン(Lieutenant:艇長<本来は中尉という階級を意味>)しますがとして参戦しました。また多くが中尉だった事に起因します。

話を戻します。高校生になった時は英語の授業で苦しるられなんでこんな学問が有るのかとさえ思いつつ何んとか卒業し、大学に行きましたが、行った時最初の英語の授業に来たのが高校で2年間指導を受けた先生でした。

信じられないよ!

そう思いながら4年間つまり都合6年間同じ先生に英語を習うハメになってしまいました。当時はNOVAとか英語学校などというものが日本には無く、大学卒業後就職してから数年で会社を退職し香港で英語を学びました。                                 ふと社会を見るとお先真っ暗の展望の無いデタラメ国家の日本、1ドル360円の時代、英語をちゃんと学び直して海外で働けば"日本よりずっと稼げると"と考えて英語の勉強に英国領の香港に行きました。

当時の香港は単なる貿易港で最新テクノロジーとはほど遠く香港サイドには泥棒市場が有った時代でパンアメリカン(Pan American)航空のビルがヤケに目立ちました。

約1年英語スクールに通いましたが、実はどの程度身についてのか覚えていないくらいのもので"まあ、いいや"で香港を旅立ち帰国後ハワイのオアフ島に行きました。

最初はブラブラしていましたが、有る時ヒョットした事から"パン屋のビジネスを買わないか?"と聞かれ尋ねてみるとカハラに住むリチャードとマルビンの2人が待っていてクリスピ ー・クリームCrespy Cream)というパン屋で3万ドルだという話でした、私はその時5万ドル持っていましたが3万ドルと言えば半分以上なので断ると1週間程してリチャードから電話が有り「会いたい」との事で会うと実は「カリフォルニアに既に手金を打った不動産が有り、その支払いが近づいているが手持ちの株価が下がっていて大損するからパン屋のビジネスを半額の1.5万ドルにして、なお1ケ月間ビジネス・アフター・サービス(Business After Care)でランニング(Runnig:運営)してサポーティド・ビジネス(Supported Business:ビジネスを教える)からパン屋を買ってくれないか?」という話でした。

顧客は基本的にワイキキとマカハのホテルとアメリカ陸海空軍とカネオヘの海兵隊でした、取りっぱぐれも無いからまあいいか!と思いビジネスを買ったのは良かったのですが、それからが大変!

アメリカ軍のパス(Pass:通行証)は全軍共通でどの軍でも取ってしまえば出入り自由です、バット(But:ですが)支払いの銀行口座開設、弁護士、食中毒等保険、配達用の自動車のレンタル契約、運転手のやワーカー(Worker:社員)の募集、FDA(フード・ドラッグ・アソシエーション:食料・麻薬取締局の手続き、朝5時からの陸海空海兵のフード・インスペクション(Food Inspection:食料検査)、あちこちの基地とアメリカ軍の構成、例えばアメリカ軍は陸軍・空軍がワンセット、海軍・海兵隊がワンセットで構成されている事、全ては連邦法で定められているが平時は各軍と個別の契約をするが戦時はその制限は受けない等連邦法の本をダウン・タウン(Down Town :直訳は下町ですが、繁華街)のブツクマート(Book mart:本屋)を探して購入3千ページも有る10冊くらいの本をみて規定を調べる羽目になってしまいました。

おまけにビジネスを引継いで間もなく同業者が訪ねてきて「How do you going Business」なんて言うから、「Well it little bit hard, Ive thinking should be raise the price:う~んちょっと厳しいなあ値上げしようかと考えているよ!」と言ったら、その人が言ったのか誰が言ったのかわからないが翌日にThis is FBI will you come down here:(こちらはFBIだ事務所まで来い!)なんて電話、もう振り回されっぱなし!

民主的とんでもない! 知らないけど戦前の日本の特攻警察丸出しの話し方で全然テレビとは違います、まあお陰でアメリカの警察を知る事ができました。

ハウエヴァー(However:例えば)イン・ザ・ステイツ(in the state:アメリカでは)警官を民間が雇い交通整理などを頼めます、ハワイは日系人が多いので日本語も通じますが実はカタコトでホノルル警察に言ったら日本のやくざのクラスが表になっていて(Wakatoh)なんて書いて有ったので「わかがしら」と読むんだと言ったら信用しない顔でした。他にも拳銃は届ければ個人の拳銃は使えるし二丁拳銃を気取ってチャラチャラしている奴とか、私服警官は自分の車を使ってもガソリン代は警察持ちだとか、潜入捜査は昔の日本の忍者もどきにスリーパー:sleeperなんて言います。 

FBIを退職するとFBIアソシエイツにほぼ自動的に入れ私立探偵になれますがハワイは島なので大した事件も無く定年まで一度も拳銃を撃った事はないよなんていう人がごろごろいます。

こうして一番きらい1だった英語の世界の泥沼にどっぷりとつかり込んで行きました。

そうした生活の中で苦労に苦労を重ね、辞書は実はおおよそ合っているが言葉は生き物で時と場合により単語の意味も使い方も違ってくる事を学びました、私が重ねた苦労が無駄にならず少しでも少なくできるように協力したいと、19年間の海外生活と地球7周した経験から得た知識が誰かの役に立てば幸いだとブログを開いた次第です。なお写真画像はフリーのものを採用しているます。

英語は2憶以上の単語で構成されています、そしてそれらは時と場合により違った意味でも使われる背景があります。その社会・自然現象を全部を記する事は不可能です、このためカタカナ英語を長文にすると時間ばかりがかかり頭に入りません。

英語は言葉の歴史的には後発で、英国が世界に進出した後に発展した言葉で語源がフランス語ギリシャ語、日本語、ドイツ語等多く有ります。言葉として元々美辞麗句は少なく要点を端的に示す言葉でこれが世界に普及した大原因でもあります、本タイトル"カタカナ英語で会話しよう"はその時の背景や環境その他を説明し読者が記憶して会話に結び付けられる投稿で、短文の組み合わせで読者が何故だろう、何故かしらを含め即に記憶できる言葉として捉え、私自身が世界を7周した経験を踏まえ記しています。

お問い合わせの連絡先: zjiana066@gmail.com 著者コードネーム: Wiseman